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離れていても気持ちは一つ!小山・宮下夫妻の新たな決断

  • 2016年12月20日(火) 18時00分
宮下夫妻の新たな決断

新たな決断をした小山・宮下夫妻



お互いにやりたいことや夢がある

赤見:まずは奥様の宮下瞳騎手にお聞きします。2人の息子さんを出産後、5年のブランクを経て騎手復帰しましたけれども、再デビューしてみていかがですか?

宮下:がんばって騎手免許を取って、本当に良かったと思っています。今、1頭1頭乗ってて本当に楽しいですね。今振り返ってみると、昔は『勝たなきゃ勝たなきゃ』っていう気持ちが先行してて。当然レースは勝たなきゃいけないんですけど、それしか考えられなかったんですよね。今は純粋に乗ることが楽しいし、その辺りの感じ方はすごく変わったと思います。

赤見:なぜ、変わったんだと思います?

宮下:やっぱり、厩務員のお仕事を経験したことが大きいですね。免許試験を受けるにあたって1年くらい前から働かせてもらったんですけど、騎手として接している時とはまた違う側面から競馬に携わることができました。毎日馬に接して、毎日の小さな変化を感じて、そういうところを見られるようになって、前以上に楽しくなったんだと思います。

赤見:宮下騎手は女王として、常に勝たなきゃいけないというプレッシャーも大きかったのでは?

宮下:そうですね。それもあったと思います。でもそういう周りの方の期待は嬉しいものですよ。いい刺激になりますし。

赤見:8月に復帰して、すでに21勝。さすがですね!

宮下:いい馬に乗せてもらってるからこそ勝たせてもらっていますが、その分取りこぼしが多いんですよ…。2着が多くて申し訳ないです。もっともっとがんばります!

赤見:現在宮下騎手が通算647勝、そして高知の別府真衣騎手が613勝と迫って来ました。

宮下:騎手免許試験を受けるまではまったく気にしてなかったんですけど、復帰に向けて動き出してからはやっぱり気になりました。周りの人からも、別府騎手が近づいてきてるよって言われるので、レースとか勝ち星とか気になってネットでチェックしてましたね。

赤見:日本の女性騎手最高勝利記録ですから、抜かれたくない?

宮下:もちろんです!負けたくないですね。一度引退して休んでる間は騎手ではなかったので、ライバルとは言わせてもらえなかったですけど、今はライバルとして見てもらえるかな。別府騎手の存在を意識してないと言ったら嘘になりますね。負けちゃいけないっていうプレッシャーはありますが、でもその中でもどういう風に乗るのかなっていうのも見ています。馬の邪魔をしないでキレイに乗るジョッキーなので、こちらもいい刺激をもらっています。

赤見:では、ご夫婦のお話に移りたいと思います。5年ぶりの復帰後初勝利は旦那様である小山騎手のお手馬だったんですね。

宮下夫妻の新たな決断

優心くんと健心くんの前で勝利(11月30日LVR名古屋ラウンド)


宮下:はい!関係者の方々と一緒に、旦那さんがわたしのために用意してくれた馬だったので、勝てて嬉しさ倍増でした。本当に状態が良かったし、馬のお蔭で勝たせてもらえたんです。息子たちの前で勝つことができて、1年近く試験に向けて勉強していた日々が報われました。

赤見:復帰も大変だったと思いますが、それ以上に続けて行くことが大変だと思います。

宮下:本当にそうなんですよ。思ってた以上に両立は大変です。復帰するって決めた時から、九州にいる父に来てもらって、助けてもらっていますし、親戚や周りの方々にもサポートしてもらっています。そのお蔭で騎手を続けられるので、本当に有難いですね。

赤見:そんな中、小山騎手は年内で騎手を休業し、韓国競馬で調馬師になるという決断をしたそうですね。ちょっとびっくりしました。

小山:本当は騎手としてもう一度行きたかったんですけど、最近は日本人騎手よりヨーロッパの騎手を呼んでいるので、ちょっと難しいなと。今48歳なんですけど、ジョッキーとしてこの先何年も乗れるわけではないので、新たな夢を追いかけたいって思っていたんです。そこに、遠征時お世話になったゴン厩舎でスタッフが一人辞めて困っているという話を聞いて、それで決断しました。

赤見:騎手ではなく、調馬師(調教騎乗が主な仕事)ということですが?

小山:馬が好きで騎手になって、純粋に馬を育てたいっていう気持ちが強いんです。今、韓国競馬は伸び盛りで、技術もどんどん吸収しようとしている中で、自分が騎手としてお世話になった厩舎で、今度はスタッフとして力になれたらって思いました。

 瞳が復帰したいって言ったのと、僕がまた韓国に行きたいっていうのがだいたい同じタイミングだったんです。本当は一緒に行けたら良かったけど、お互いにやりたいことや夢があるので、そこは尊重したいなと。ただ、子供と一緒にいてあげられないのは淋しいです。

赤見:宮下騎手は、この決断を聞いてどうでしたか?

宮下:自分的にはもう1年くらい一緒にいてサポートしてもらえたらっていうのが正直な気持ちですけど、自分だけ好きなことして、相手がしたいっていう時にダメとは言えないですからね。

 それに、韓国にまた行きたいっていうのは遠征から戻って来た時に聞いていたので、それがいつになるかはわからなかったけど覚悟はしていました。ただ、子供たちにはちゃんと話してねって言いました。

赤見:お子さんたちは何て?

小山:下の子(健心くん)はまだ2歳なのでよくわかってないんですけど、上の子(優心くん)は4歳で、『パパ、韓国でお仕事してくるよ』って話をしたら、ちょっと淋しそうな顔をしていました。

宮下:最近優心は貯金箱にお金を貯めているんですよ。一生懸命お手伝いをして貯めてるんです。「お金を貯めてパパに会いに行く」って。すごいな、子供って強いなって思いました。そんな子供たちが淋しい想いをしないように、いっぱい遊んであげたいと思います。

赤見:家族の形が大きく変わりますが、今後の意気込みを聞かせて下さい。

宮下:再デビューしてからまだまだ頼りないですけど、周りの方々のサポートのお蔭で騎手を続けられて、本当に幸せです。その中でも一番大きかった旦那さんのサポートが来年はなくなるので、今まで以上にがんばります!

小山:僕は韓国で調馬師として、できるだけ長くがんばりたいと思っています。瞳のこともよろしくお願いします!!

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常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

赤見千尋
1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミックシリーズ」の「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍中。

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