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降着制度の限界?マイルCS (無料公開)

  • 2016年12月26日(月) 18時01分
教えてノモケン

▲物議を醸したマイルCS、改めて新裁決ルールを問う (C)netkeiba.com


 人間が目で追うという限界がある一方で、スポーツの判定は大概、デジタルなものだ。野球のストライクとボール。テニスならラインの内か外か。サッカーで「どこからが反則か」は曖昧だが、ファウルを取るか取らないか自体はデジタルな決定だ。

 試合を止められるなら、映像の力を借りることもできる。だが、競馬の裁決の厄介さは、サッカーの反則と同様、「どこからがクロか」に明確な基準がない上に、反則の宣告が「被害者の救済」に直結しない点にある。

 11月20日のマイルCS(京都、GI・芝1600m)は、ゴール寸前で外に斜行し、複数の馬に影響を与えたミッキーアイルが、12分の審議の末に「セーフ」となり、約2年半ぶりのGI制覇となった。降着の適用範囲を実質的に狭めた新裁決ルール(2013年導入)に準拠すれば、「セーフ」の判定はある程度予見できたが、疑問を感じる向きも少なくなかった。今回、個人的に感じたのは「降着制度の限界」である。この制度の射程を改めて整理する必要を感じる。

「失格も念頭に」審議


 反則の内容はシンプルだ。先頭を走っていたミッキーアイルの浜中俊騎手が、ゴール前で右ムチを連打した結果、馬が左に斜行してネオリアリズムを圧迫。同馬と外から伸びたイスラボニータの間に挟まる形で、サトノアラジン、ディサイファ、ダノンシャークの3頭が行き場を失った。被害が激しかったディサイファは武豊騎手が立ち上がって辛くも落馬を免れた。リアリズム(3位)はまだ進路があったが、残る3頭は勢いのついた時点で行く手を塞がれる致命的な不利となった。

 JRA審判部によると、審議では失格の可能性も念頭に置いたという。現行制度では、落馬に至らなくても「競走に重大な支障を与えた場合」は失格となる。そのため、ディサイファの不利について、失格の可能性を含めて検討した上で否定。過去の当欄でも触れた通り、現在の裁決ルールには、到着順位を重視する「カテゴリーI」と、12年までの日本も属していた「カテゴリーII」があり、海外でも前者の場合、失格の事例はないという。

 次に残る3頭とミッキーアイルとの関係について検討したが、4位ダノンシャーク、5位サトノアラジンは1位と1馬身半以上の着差があった。3位リアリズムとは頭差+4分の3馬身の差があり、しかも進路が残っていたため、失格・降着なしの判定が出された。

 久保厚・審判課長は判定について「あまり迷いはなかった」と話し、「ゴール 200m前なら違った可能性もある」とも。今回の事例は新制度導入後初めて、GIで1位入線馬が絡んだ重大事象と言える。だが、過去のこうしたケースで報道各社向けに行われた事後の説明も、要請がなかったため今回はなし。久保課長は「メディアには(新制度が)理解されてきたのでは」と話す。筆者は当日、東京競馬場で映像を見ていたが、事後の記者席の反応は「アウト」と「セーフ」に割れていた感がある。個人的には「ひどい反則」と感じた一方で、降着はないという予感はした。

「騎手には重罰」という新制度の趣旨に従い、浜中騎手には23日(実効8日)の騎乗停止処分が下った。1度の反則で23日の騎乗停止となったのは13年以降3度目で、1度は岩部純二騎手が絡んで3頭が落馬した同年5月26日の東京第2レース。もう1つは14年の新潟記念優勝のマーティンボロ(ナッシュ・ローウィラー騎手)の蛇行運転である。「量刑」に関してはGI競走という点も考慮された。

「制裁」も「救済」も不十分


 久保課長は今回の件に関し「旧制度ならミッキーアイルは10着になっていた」と話す。最も被害の大きかったディサイファの後ろだが、この場合、優勝が2位入線のイスラボニータに転がり込む。被害馬4頭は1つずつ順位が上がるが、賞金か出走奨励金の額が増えるとは言え、当事者にすれば納得できまい。刃を振り回してみても、十分な救済にならない点は降着制度の抱える根本的な限界だ。

 一方で、加害馬の当事者にとっては確かに厳しい制度だが、問題もある。降着となった場合、最も大きなダメージを受けるのが馬主だが、彼らはコース上の出来事には関与していないのだ。原則として、馬主の取り分は本賞金の80%。マイルCSなら、1着から10着(出走奨励金は103万円=1着賞金の1%)に降着となれば、8000万円以上が吹き飛ぶ。「乗せた騎手が悪い」と非難する訳にはいかない。騎手選びに馬主が関与しないケースも多いからだ。

 次にダメージが大きいのは、賞金の10%を進上金として受け取る調教師(騎手は5%)。実際に出馬投票する立場だが、悪癖が走行妨害の要因となった場合などを除けば、馬主と同様、何もしていないのにペナルティーを受ける。金銭面に限れば、降着による責任を馬主は騎手の16倍、調教師は2倍負わされる。こうした決定的な限界を抱える制度は、闇雲に振り回せないし、振り回すべきでもない。

 現行制度より旧制度を選好する人は、一般のファンの間にもいるだろう。ただ、今回の例でミッキーアイルが降着となれば、事態に巻き込まれなかったイスラボニータとの順位が逆転する。これもスポーツの結果としては納得し難い。10年のジャパンCも、一歩間違えばおかしな話になりかねなかった。1位のブエナビスタが降着となったが、2位ローズキングダムと3位ヴィクトワールピサの着差はハナ。両馬の入線順位が逆なら、漁夫の利でヴィクトワールピサが勝っていたのである。

 0秒3という決定的な着差を人為的に入れ替えるのも無理筋だが、被害のなかった「第3の馬」が勝つに至っては…。ただ、これはルールを機械的に適用した場合に起こりうる状況で、旧制度のスポーツルールとしての限界と言える。この点を考慮すれば、筆者は現行ルールの方が一定の合理性があると思う。

裁決に「小説」を書かせる?


 旧制度下で最も多かったクレームは「基準が曖昧」という内容だった。降着にされた騎手が「〇月〇日の〇〇(競馬場)の第〇レースの方がもっとひどかった」と不満を述べ、それがメディアを通じて拡散するパターンである。また、「実戦の経験のない裁決委員は信用できない」という主張もしばしば目にした。

 率直に言って筆者は、全く同意できなかった。「彼らはどうしたら満足するのか」という疑問を禁じ得なかった。裁判でも判事がいかなる考え方、立場の人物かは極めて重要だが、判事とて法の解釈者でしかない。法が明示しない部分はともかく、それ以外は法律の条文から逃れられない。裁決で最大の問題は、決定的な限界を抱えたルールである。

 当時、クレームをつけていた人は、信望厚い騎手経験者に、まともなら(今回で言えば「ミッキーアイルが内ラチ沿いを真っすぐ走っていたら」)、着順がどうなったかに関し、小説(?)を書いて欲しかったのか。将来、人工知能(AI)が発達すれば、瞬時にシミュレーションしてくれるかも知れないが…。

 前記の10年ジャパンCのレースレートを見ると、2位に降着したブエナビスタが121で勝ったローズキングダムは120、ヴィクトワールピサは119である。性別によるアローワンスを考慮すれば1、2位の差は5ポンド。賞金配分は変えられても、各馬の歴史的評価は、動かすことができない。

 こう考えると、現行ルールは降着制度が抱える根本的な限界を直視し、「誰が先にゴールインしたか」という基本に立ち戻ったと言える。ラフプレーはレースを傷つけるが、全過程に影響が及ぶ訳ではない。本来、競馬は入線順位を争うシンプルなゲームであり、その結果に人が介入する範囲は極力、限定すべきなのだろう。

騎手への制裁には工夫の余地


 2年半ぶりのGI制覇にけちがついてしまった感のあるミッキーアイルは、騎乗停止明けの浜中騎手を背に、24日の阪神C(GII)に参戦した(6着)。同じ馬で同じ路線の重賞に参戦できたのは、陣営の信頼が厚いからであろう。

 近年、有力馬のスケジュールは騎手の日程に合わせてかなり精緻に組まれており、手替わりを極力避けようとする。となれば、一定期間の騎乗停止に加えて、GIや重賞など特定の競走に騎乗できなくするのも、制裁の方法として有効ではないか。

 今回のケースも「GIだった点を考慮して加重処分した」(JRA審判部)経緯がある。処分期間が明けた後も、「〇月〇日までに施行されるGI(重賞)競走」という形で騎乗停止にするやり方は、検討の余地があると思っている。

※次回の更新は1/30(月)18時を予定しています。

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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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