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20年前の自分を見かけて

  • 2017年11月16日(木) 12時00分


 先日、テレビを見ていたら、アナウンサーをしている高校時代の同級生がリポートをしていた。モータースポーツのメカニックなどを養成する学校で、プロドライバーが運転するマシンにタレントと同乗するなど、なかなか楽しい内容だった。

 それで頭が「昔懐かしモード」になってしまったのか、その週末、東京競馬場で妙な体験をした。

 20年ほど前の私にそっくりな男を見かけたのだ。

 男はひとりでパドックにいた。濃いグレーのジャケットにワイドカラーの白いシャツ、黒いズボンというスタイルで、ポケットに両手を突っ込んでいる。

 カバンなどは持たず、手ぶらだ。猫背で、競馬を楽しんでいるとは思えないしかめっ面をしている。

 こちらがあまりジロジロ見ていたからか、男と目が合った。私は、昔の自分がそこにいるように感じてギクリとしたが、相手は明らかに無関心で、すぐ視線を外した。

 それはそうだ。私は20年前の自分を知っているが、相手は20年後の自分を知らない。似ていると思っているのはこちらだけなのだろう。

 パスやバッジはつけていないから、関係者ではないようだ。男がどんな暮らしをしているかは靴を見るとわかると言われている。彼は磨き込まれたローファーを履いており、踵もすり減っていない。ハミの形をした金具からしてグッチの靴か。

 20年前の私よりはいい暮らしをしているようだ。そう思うと、急に親近感が失せた。

 私はある時期から「人は見かけによる」という考え方をするようになった。普通は「人は見かけによらない」と言われているのだが、例えば、馬券で一度でも帯封を獲ったことがあれば、トレーナーにジーンズといった格好ではその金を仕舞う場所がなくて困る、ということを学習する。つまり、ジャケットを着ているというだけで、百万円以上の払戻しを手にする準備をしていることになるわけだ。

 私に似た男が、無理をして競馬場通いをつづけ、何かをつかみとろうともがいているようなやつだったら、こっそり穴場までつけて、どんな馬券を買うかを見て、同じ目で勝負してやろう――と思っていたのだが、やめた。

 私がパドックを離れて自分の馬券を買い、業務エリアに戻ろうとしたときのことだった。

 男がこちらに歩いてきた。先刻よりはっきりと顔が見える。やはり30歳ぐらいか。ゆっくり歩く女性グループを苛立たしげに追い越す姿などは、まさに昔の私そのものだ。

 男とすれ違った。また目が合い、今度は男がかすかに笑ったように見えた。

 親しげな笑みではない。自分もあんな目で人を見ていたことがあるのだろうかと嫌になるほど、冷たく、見下したような笑みだった。

 私は立ち止まった。ぶつかった人たちに「すいません」と詫びながら、振り返るべきか、考えた。

 私がいつも手ぶらなのは、カバンなどを持つと出先に忘れてしまうことが多いからだ。しかし、あの男は、いつでも相手の胸ぐらをつかんだり、張り倒したりできるよう手ぶらでいるのかもしれない。

 ――まあ、そうなったらなったでネタになるか。

 振り返った。男はいなかった。

 追いかけようかとも思ったが、やめておいた。

 男とは、また会うような気がした。なぜなら、男がここ東京競馬場をホームグラウンドにしているように感じられたからだ。

 私も、どこがホームグラウンドかと訊かれたら、距離やアクセス、訪れた回数から、東京競馬場ということになる。

 ホームならば、動線も自然と同じものになる。また交わることもあるだろう。

 今回、私に似た男のことを書く気になったのは、ダービー馬がデビューした競馬場について調べていたとき、「ホームグラウンド」という考え方に行き当たったからだ。

 小倉でデビューしたメイショウサムソンがダービーを勝ったことにより、JRA全10場がダービー馬のデビューした競馬場となった。それでも最少タイで、福島(1974年コーネルランサー、1989年ウィナーズサークル)、新潟(1984年シンボリルドルフ、2011年オルフェーヴル)、小倉(2006年メイショウサムソン、2014年ワンアンドオンリー)が2頭で並んでいる。なお、カッコ内はダービーが行われた年である。

 ――小倉をホームグラウンドにしている人は、メイショウサムソンに対して特別な思い入れがあるのかな。

 などと考え、さらに調べると、戦前には横浜競馬場でデビューしてダービーを勝った馬が2頭いたほか、1954年のダービー馬ゴールデンウェーブは船橋、1958年のダイゴホマレは川崎でデビューしている。ゴールデンウェーブもダイゴホマレも青森の牧場の生産馬で、どちらも父が1942年のダービー馬ミナミホマレだ。ミナミホマレは岩手の小岩井農場の生産馬で、3代母に「小岩井の牝系」として名高いフロリースカツプがいる。

 さて、次に会ったとき、あの男は私に気づくだろうか。会いたいような、会いたくないような、微妙な感じがする。家族で仲よく弁当をひろげていたりしたら、20年前の私でもなんでもないわけで、面白みがない。

 いつもながら、だからどうした、という話になってしまった。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆〜走れ奇跡の子馬』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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